原爆ドーム巡礼記

仕事で通過したことはあるが、この歳になるまでゆっくり広島を訪問したことはない。今回は広島県に行く機会があり、なぜかこれを逃せば死ぬまで行けないのではないかという強迫観念にかられ、よく考えもせず原爆ドームの訪問を決めたのである。
今回もゆっくりした旅ではなかったのに、わがままを言って広島市まで回ってもらった。
私が行ったのは酷暑の8月14日で、盆の最中であり、原爆で身内を失った人たちが近くにいたかもしれず、身のすくむ思いであった。
私は原爆について、これまで殆ど傍観者だったかもしれない。意識して眼をそらしていた訳ではないとしても、どうやら「真実」とは距離を置いて生きてきたようだ。若い時のほうが正面に据えていたようにも思えるが、それでも「黒い雨」や「裸足のゲン」は読めなかった。考えが定まる前に、自分の根底を揺らす事実を目の当たりにすることを警戒したのだろうか。
実を言うと、今回の訪問では原爆ドームを一回りしてきただけである。爆風ではがれた壁、無残にころがるレンガ、むき出しになったドーム。もうこれらだけで腹が一杯になってしまった。近くにある資料館へ誘われたのに、正面に据えて見る自信がなくなり、断わってしまったのである。だが、年を取った今、こんな中途半端なことで済むわけがない。
いずれの国であれ戦争犯罪を許すわけには行かない。私にモラルを語る資格があるとは思えないが、日本が今でも南京虐殺や従軍慰安婦などの問題をかかえており、適切な対策を取らねばならないことは言うまでもなかろう。
アメリカが東京や大阪など大都市部でばら撒いた焼夷弾であれ、木造の家が多いのであるから、市民を標的とした空爆と考えてよい。原爆はこれを上回る無差別の殺戮であり、いかなる理由であれ、今後繰り返すことがあってはならない。この決意を再確認できたのが私のお土産であった。