左鎌

テーマを見ても何のことか分からない人が多いかもしれない。私にとっては年来の課題であるから、一緒に楽しんでもらえるとありがたい。鎌は、庖丁や鉈などと同じように、ふつう右利き用に刃がついている。これからすると、左鎌というのが非日常にかかわることは間違いあるまい。
郡上市の美並に星宮神社という立派な社がある。現在、本尊を虚空蔵菩薩とする神仏混淆の神社である。今回は、ここに奉納されているたくさんの左鎌に焦点をしぼって考えてみたい。
一説によると虚空蔵菩薩が左利きであり、従って同社の祭礼用具が左鎌であるから、同じように左鎌を奉納して願い事をかなえてもらうという。
愛知県の猿投神社でも、絵馬ではあるが、やはり左鎌を奉納するらしい。同祭神の大碓命が左利きだったと伝承するから「左利き」説も満更ではないが、虚空蔵菩薩が左利きという点がなんだか腑に落ちない。
また左利きの人が願かけて右利きに直ったから左鎌を奉納したとも考えられている。だが、この辺りでは結界を示す縄などを左上になうことがあり、もう少し奥がありそうだ。
星宮神社から少し登ったところに、「矢納が渕」という清い淵がある。同社の縁起には「八大龍王その中に応現したまう」とあり、修験者にも重要視されてきたと云う。かつては天然記念物の鰻もこの淵で多く遊泳していたと伝えられる。龍と鰻が共存しているからいずれを択ぶかは難しい問題であるとしても、いずれにしろ、私は大雨や雨乞いに関連するのではないかと考えている。後者の場合、何しろ深い山中の淵であるからめったに枯れることもなかろうが、田畑に水がないことならば想定できる。
日照りに困った近在の村の衆が雨を祈願して鎌を奉納したのなら、龍にしろ鰻にしろ金気をきらうから、気分を害して雲を呼び、雨を降らすという段取りである。これならば右でも左でも同じことになるが、龍や鰻にたいして敵意を持っていないことを示すために左鎌にしたのなら話がわかる。