蛇と菖蒲

これが掲載されるころは桃の節句も終っているだろうから、端午の節句についてこびりついていることを披露してみたい。ただ、一回分としては多すぎるかもしれない。
私は、五月の節句に菖蒲湯へ入ったり、菖蒲酒を飲むと蛇の子種が死ぬという伝承は本来蛇種人へ敵意をもつ者の考え方ではないかと思う。(「あやめ娘と菖蒲湯」会津田村郡、「鴻の巣」仙台、「王城の大蛇」安芸山県郡など)
『説文』では草冠に「卬」(一篇下192)の字形で、『廣雅』は「卬 昌陽 菖蒲也」(巻十上 釋草・19)となっている。
『周禮』では「昌本」とされるらしい。『神農本草經』では「菖蒲久服輕身 不忘 不迷惑 延年 一名昌陽」とあり、「昌陽」とも呼ばれた。陶注は「生下濕地大根者名昌陽 此藥甚去蟲 并蚤蝨」となっている。この場合、「蟲」を「虫」と見れば、中国でも蛇や「蚤蝨」を避けるのに効くと考えられてきたことになる。
また『韓非子』難篇に「文王嗜菖蒲菹」とあって、呉種及び越種の間で菖蒲の評価が異なっていた可能性もある。(『呉普本草』「菖蒲 一名昌陽」)
子種が下りることについて言えば、「娘の針千本」(屋久島)では竹の根と金くそを煎じて飲むのが主となっており、同じく屋久島では山椒の葉、唐竹と川菖蒲の根を小川の水で煎じて飲む例(「一本の糸」)もある。
子種ばかりでなく、蓬と菖蒲の編み笠のおかげで大蛇に呑み込まれなかった話(「蓬と菖蒲」栃木下都賀郡)もあるし、ダラの木とススキの例(「ダラの木とススキ」屋久島)もある。
これらが後の蛇除け伝承になると思われるが、「五月節句の由来」(屋久島)では美しい女が大蛇の化身で、亭主がすすきと蓬に隠れて逃れることができたことになっている。
笹の葉を煮て入口にさしておくと、蛇よけになる話もある(「山の主と煮た笹の葉」飛騨大野郡・高山)。この場合は単に蛇であって、大蛇が対象になっていない。
菖蒲が出産に関わることが多いとしても、蛇よけに抽象できる可能性はある。蛇種の濃淡によって度合いが変わることも考えられ、種の交通がどこまで遡れるか民話だけでは分からない。
また五月五日の話で鬼には蓬が火に、菖蒲が刀に見える伝承(「鬼と若者」南薩・種子島、「鬼の婿さま」宮城仙北登米郡、「小僧まだか」出羽)もあり、葉に触ると山婆の体を腐らせる話(安芸「戸板の食わず女房」、福島双葉郡「菖蒲と蓬」)もある。
菖蒲の節句は田の仕事を休まなければ、そこの田んぼは実るが、七里四方が不作になるという話もある(「三人兄弟」宮城仙南)。節句の日が設定されているのは本来暦に伴って伝来したからだろうが、菖蒲や蓬と蛇の話はこれを更に遡るかもしれない。

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