冬の風

近頃、肌に触れる風のことが気になる。年をとると、人のみならず、自然の営みも愛おしくなるらしい。今回は、私が経験してきた強烈な風を取り上げようと思う。ところが、どうやって書けばいいのか見当がつかない。私は、このように途方に暮れたところから書き始めることが多い。
強烈な風と言えば、台風が思い浮かぶ。確か室戸台風の時だったか、近くの池が決壊寸前になったことや、伊勢湾台風の雨風などいくつも印象に残っている。だが、ここでは日常吹く風を思い浮かべている。
私は瀬戸内で生まれ育った。穏やかで温暖な気候を連想される方が多いのではないか。確かに冬場でも晴れた日が多く、雪が降ることは稀で、陽だまりでの日向ぼっこが気持ちよい。
ところが、冬に西北から吹く風が「大西」と呼ばれ強烈なのである。大西とは「大西風」のことで、連日乾燥した強烈な風の吹くことがある。従って播州平野から摂津に至るまで、屋根が飛ばされないよう重い瓦を葺く家が多かった。阪神淡路大震災の時はこれが仇になってしまい、倒壊した家屋が多かったと言われている。
学生時代は京都で過した。京都では、冬場に北から容赦なく「比叡おろし」が吹く。確か比叡おろしが吹くと「底冷え」すると言われていた。京都は三方が山で囲まれ、盆地のような気候になるから、しんしんと冷えるとでも言えばいいのだろうか。貧乏学生のことであるから、腹が減った時は特に、体の芯まで冷えていくようだった。
ほんの暫くではあるが、冬場に東京の武蔵野で居候をしていたことがある。やはり乾燥した北風が強烈だった。後で考えると、あれが上州の「空っ風」と呼ばれているものに関連していたのかもしれない。
ところがここに引っ越してからは、冬の風と言えども、驚くようなものが少ない。郡上でも冷たい木枯らしが吹くが、名前が付くような強烈な風は吹かないのではないか。
山上ではきっと強風が吹きすさんでいることだろう。上空ですさまじい音を聞くことがある。だが、街が高い山の底にあるからか、ここでは直接に強い風が体に当たることはまれである。相当気温が下がって寒いのに、風は優しい。
冬でも川が風の通り道になっているようだが、少し離れるだけで和らぐ。私は川の傍で暮らしており、逆に、水が寒さを緩和してくれているように感じている。
読み返してみると何故か冬の風に偏ってしまっているので、これをテーマにしておく。

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