「陸」という言葉を聞いて何を思い浮かべるだろうか。海と陸を対照させる人もいるだろう。来年、東京でオリンピックが行われることになっている。その旗には五つの輪が交わっており、五つの大陸を象徴することになっている。ただ、この五大陸が何を指すのかは知らない。もしヨーロッパが入っているのなら、今のご時世、何だか腑に落ちない気分である。
近所に「休陸」という名の人物がいる。「キュウリク」と読む。このあたりの事情に詳しい人なので取材したことがある。
彼によると、明治初年に明方筋から出てきたという伝承があるようで、なんでも先祖は宮大工をしていたらしい。快く家系図を見せていただいた。名前の由来は明らかではないけれども、家系に「六」の字がつく人が何人かおり、「陸」は「六」と音が似ているなと思った。気にはなっても細かく調べることもせず、年月が過ぎていった。
ところが、別件で「陸」の旁になっている「坴」を調べていると、面白いことに気がついた。ちょっと難しいので、ここ数行は読み飛ばしてもらって結構。
「坴」は『説文』で「坴 土凷坴坴也 从土 圥聲 讀若速」(十三篇下087)となっており、「土凷(トカイ)」を「土塊」、「坴坴」を「大塊の様子」とすれば、おおよそ「土の大きな塊(かたまり)」あたりの義で問題なさそうだ。が、音の解釈ではたと困ってしまった。
「圥聲」の「圥」が良く分からない。「讀若速(「速のごとく読む」)」からすれば「坴」は仮名音で「ソク」あたりが考えられる。漢代はそんな風に発音していたのかなと解釈していたので、余計「圥」が分からなくなってしまった。
そこで「圥」を調べたいと思ったが、その字としては『説文』に見当たらない。すったもんだした挙句、たまたま「圥」がどうやら「屮」と「六」でつくる字ではないかと思い当たった。これでよければ、「圥」(一篇下006)は「从屮 六聲」となっているので、声符が「六」の形声字となる。
ここまでをおさらいしておくと、「陸」は「阝(こざと 阜)」「坴」に分かれ「坴」が音を表す部分、更に「坴」は「圥」「土」に分かれ「圥」がやはり音を表す部分である。そして「圥」が「屮」「六」に分かれ「六」が音を表すことになった。
つまり、これで「陸」音の原型が「坴」「圥」を介して「六」と分かったことになる。「六」が「リク」「ロク」あたりだろうから「陸」が「リク」だと解せるようになってきたわけだ。
とすると「休陸」さんは、家系図にみられる「六」と同じ音系統の名前として「陸」が使われていることになる。これは、私にとって驚きである。余程、漢語に精通した人が名付けたとしか考えられない。聞いた時に面白いと感じていたが、確かに味のある名である。またこのおかげで、自信をもって「坴」に「リク」と読む系統があったと推定できるようになった。

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