方言と歴史学(3) -鮭の巻-

どうも最近書いた私のコラムは、重箱の隅をつつくようなものばかりで、分かり難いものが多いことをやっと自覚できた。
これもひとえに前任者であるM氏が、くどいほどに噛んで含めて私を納得させてくれたおかげである。コラムは自分だけではなく、これを読んでくれる人を楽しませるのが本分である。確かに、私一人が面白がっていたきらいがあったと思う。
だからと言って、自分のやり方を変えられるほど器用ではない。ここは、自分の頭に十分酸素を供給して、もう少しフットワークを軽くする程度のことしか出来ないので悪しからず。
さて、本題の「鮭」についてであるが、現代の標準語では「サケ」と発音する点に異論はあるまい。ここしばらく身の回りの人に聞いてみたところ、年代によって偏りがあるものの、郡上では北部地域で「シャケ」がやや優勢で、八幡は「サケ」「シャケ」が拮抗している状況にみえる。
「サケ」「シャケ」がどのような経緯で使い分けられてきたかについては、割合研究されており、かなり詳細な点まで分かる。
中世では、都のあった京都で「シャケ」、東国で「サケ」と発音されていたらしい。
『古事記』の仮名で「さ」は「佐」「沙」が使われ、『萬葉集』では「左」「佐」の系統、「沙」「娑」の系統、「作」「酢」の三系統に大別できそうだ。
これらの音を再現するのは結構難しい。これまで[sa][sha][tsa][tsha]などの説が知られている。 
一つの仮説として『古事記』の場合、「佐」は「サ」、「沙」は「シャ」あたりを表していると考えてみてはどうだろう。前者は「則箇切」、後者は「所加切」だから満更でもない。万葉時代のサ行音を、一系統で全て理解できるとは思えないのである。