『説文』入門(27) -「玉」と「珠」-

一般に「玉」と「珠」は混用されていることが多いので、ここで、その違いを確かめておくのも役に立ちそうだ。
『説文』「玉」は「玉 石之美有五德者 潤澤以温」(一篇上077)で、おおよそ「石の美なるもの、五徳あり、潤いと光沢があって温である」あたりに訳せそうだ。「者」という字は段玉裁が新たに補ったもので、徐鉉・徐鍇本にはない。
『説文』の題字は篆書体で記されており、「玉」は「王」と字形がよく似ている。そういえば「珠」「球」「理」など玉偏の字が殆どすべて、偏として「王」の字形が用いられている。これはどうやら篆書体まで遡れそうだ。こんなことは大量に出土している秦代の竹書を見れば分かることだが。
音について『玉篇』は「魚録切」(玉部七)、『廣韻』は「魚欲切」(入聲 燭三)、『集韻』は「虞欲切」(燭三)で、段氏は『廣韻』説を採用し「魚欲切」である。まあ、仮名音でいえば「ギョク」「ゴク」あたり。
許愼によれば、五徳は仁・義・智・勇・絜である。五徳は、中国でも考え方や時代によって違うようだし、これを受け入れる文化の価値観によっても内容が少しずつ異なる。私のような徳の無い者が語るのも分不相応であるから、許愼がここでも五行説を取り入れて説明していることを指摘するにとどめる。
『説文』で「珠」は「珠 蜯中陰精也 从王 朱聲 春秋國語曰 珠足以御火災是也」(一篇上183)である。許愼解とされる「足」は段氏が補ったものだが、この場合はどうだろう。
音について『玉篇』が「之兪切」(玉部七)、『廣韻』が「章倶切」(上平聲 虞十)、『集韻』が「鍾輸切」(虞十)で、段氏はやはり『廣韻』説を採用して「章倶切」とする。仮名では「シュ」「チュ」あたりだろう。
「蜯中陰精也」は難しい。「蜯」は「蚌」(十三篇上378)とも表記される字で「蜃也」とされ、『廣韻』は「蛤也」とするので、ここではおおまかに二枚貝と解しておく。貝から取れるのであれば、真珠などを連想してよかろう。ただし「珠」が「美石之通稱」になり、その義が次第に「玉」と重なっていくことを念頭におく必要はある。
「陰精也」は「春秋國語曰 珠足以御火災是也」とも関連する。「珠」が陰の精で、火に勝つから、火災を制御するものであると云う。
以上から、「玉」が美なる石であり、「珠」が真珠様のもので、本来定義が異なっていたと考えてよかろう。前者が五徳を備えるのに対し、後者は陰精から「水精」とされる。
また『廣雅』は「珠子謂之眸」(釋親・37)で「眸」から、私は、「水精」であるのみならず「珠」が目に関連する点にも注目している。

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